太陽の棘
「太陽の棘」 原田マハ著
文藝春秋刊
を読む。
米軍統治下の戦後の沖縄を舞台に、玉那覇正吉らを中心としたニシムイ美術村の人々と、米軍の精神科の軍医エドを初めとする米軍兵士らとの交流を描いた作品。実話をもとにした作品ということで、内容的には重いものなのだろうが、なんだか妙にあっさりと感じてしまう。こうじゃないんじゃないかな、という感じ。
玉那覇正吉は、ひめゆりの塔の乙女像などを制作した画家。ひめゆりの塔といえば、少し前に読んだ、今日マチ子さんのマンガ「cocoon」が印象に残っている。最近、舞台化もされたそうだ。こちらは、若い人たちにぜひ読んでもらいたいマンガだ。
以前、沖縄のひめゆり平和記念資料館を訪れたとき、語り部の方に話をしていただいたが、本当に生々しくて、心にくるものがあった。その語り部の講話も、今月末には終了する。高年齢化による引退らしい。仕方のないことだが、残念なことだ。戦争の記憶は、間違いなく風化しつつある。
震災の記憶を風化させてはならない、というスローガンはよく聞く。それはたしかにそうだ。だが、第二次大戦の記憶を風化させてはならないというスローガンは、さ
ほど聞かなくなっている。70年前の戦争で、いったいどれほどの人が死に、どれほどの人が人生を大きく狂わされたのか。
ここから先は、僕の独り言である。
僕の大嫌いな安倍首相は、先の戦争に大きく関わったA級戦犯の孫でありながら、その過ちに学ぶこともなく、凝りもせず再び日本を軍国化しようとやっきになっているように見える。打ち立てる政策も、サルなら納得するような、わかりやすさだけがとりえの、格差を広げるだけのひどいものばかりだ。ネットや産経新聞には、ヘイトスピーチまがいの言論が飛び交う。言論を封じ込めきれないとなれば、混沌にしてしまおうというのか。
僕はひとりの子供の親であり、この先の日本が平和であってほしいと心から思っている。あらゆる子どもたちが、夢や希望を、戦争などという本当にくだらないもののために奪われるような未来にはなって欲しくないと思う。
日本が正しいとか正しくないとか、そんなことはどうでもいい。正しさなんて、相対的なものだ。そういうことではなくて、戦争そのものというものがどういうものなのか、もっと想像力を働かせなければならない。戦争は殺すし、殺される。戦争は理屈ではなく、圧力や力によって、意思を踏みにじろうとする。あらゆる場所で、様々な人々が、戦争の理論を実践しようとする。そんなものが存在していたなんて、想像もしなかった悪意が、悲しみが、無力感が、人々の顔に張り付く。国は、国民を手駒にする。だって彼らは、支配者なのだから。
そんなことにならないようにしたい。実際に始まってしまったら、もう止めることは難しいのだから。
文藝春秋刊
を読む。
米軍統治下の戦後の沖縄を舞台に、玉那覇正吉らを中心としたニシムイ美術村の人々と、米軍の精神科の軍医エドを初めとする米軍兵士らとの交流を描いた作品。実話をもとにした作品ということで、内容的には重いものなのだろうが、なんだか妙にあっさりと感じてしまう。こうじゃないんじゃないかな、という感じ。
玉那覇正吉は、ひめゆりの塔の乙女像などを制作した画家。ひめゆりの塔といえば、少し前に読んだ、今日マチ子さんのマンガ「cocoon」が印象に残っている。最近、舞台化もされたそうだ。こちらは、若い人たちにぜひ読んでもらいたいマンガだ。
以前、沖縄のひめゆり平和記念資料館を訪れたとき、語り部の方に話をしていただいたが、本当に生々しくて、心にくるものがあった。その語り部の講話も、今月末には終了する。高年齢化による引退らしい。仕方のないことだが、残念なことだ。戦争の記憶は、間違いなく風化しつつある。
震災の記憶を風化させてはならない、というスローガンはよく聞く。それはたしかにそうだ。だが、第二次大戦の記憶を風化させてはならないというスローガンは、さ
ほど聞かなくなっている。70年前の戦争で、いったいどれほどの人が死に、どれほどの人が人生を大きく狂わされたのか。
ここから先は、僕の独り言である。
僕の大嫌いな安倍首相は、先の戦争に大きく関わったA級戦犯の孫でありながら、その過ちに学ぶこともなく、凝りもせず再び日本を軍国化しようとやっきになっているように見える。打ち立てる政策も、サルなら納得するような、わかりやすさだけがとりえの、格差を広げるだけのひどいものばかりだ。ネットや産経新聞には、ヘイトスピーチまがいの言論が飛び交う。言論を封じ込めきれないとなれば、混沌にしてしまおうというのか。
僕はひとりの子供の親であり、この先の日本が平和であってほしいと心から思っている。あらゆる子どもたちが、夢や希望を、戦争などという本当にくだらないもののために奪われるような未来にはなって欲しくないと思う。
日本が正しいとか正しくないとか、そんなことはどうでもいい。正しさなんて、相対的なものだ。そういうことではなくて、戦争そのものというものがどういうものなのか、もっと想像力を働かせなければならない。戦争は殺すし、殺される。戦争は理屈ではなく、圧力や力によって、意思を踏みにじろうとする。あらゆる場所で、様々な人々が、戦争の理論を実践しようとする。そんなものが存在していたなんて、想像もしなかった悪意が、悲しみが、無力感が、人々の顔に張り付く。国は、国民を手駒にする。だって彼らは、支配者なのだから。
そんなことにならないようにしたい。実際に始まってしまったら、もう止めることは難しいのだから。